夏も 冬も 雨の日も 1年を通して毎日が快適で健康
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冬の暖房は!              
床暖房より快適!そして床暖房より低燃費!
最上級の暖房床下暖房! ←体感できますよ♬


◎ エアコン1台で 全室の冷房が可能!
◎ 猛暑日に無冷房で 室温30℃以下!

◎ 床暖房より快適な 床下暖房の設置!
◎ 氷点下の朝、無暖房で室温15℃以上!

◎ 雨の日も珪藻土と無垢でジメジメなし!
◎ 心地良い木の香り、カビ臭さとは無縁!


“実物大”の住宅展示 体感・見学してみませんか

アレルギーとは無縁!オープンハウス実施中!

「結露」「カビ」「エアコンガンガン」に さようなら!

「省エネ」       「快適」       「健康」    
少ないエネルギーで、 夏涼しく冬暖かな、 空気が気持ち良い空間

無垢の木でつくる
■本物の無垢の木でつくる
(国産木材100%でつくる木の家)


木を見せる、木を活かす
構造・床・天井をはじめ、カウンターやテーブルなど造作家具には日本の杉桧材を見せてつくる。
オシャレで気持ち良く伸び伸びと、健康で地球にも優しい暮らし。 そして住むほどに愛着と味わいの深まる本物の木の家づくりです。


塗り壁でつくる
■塗り壁と自然素材でつくる
(ビニールクロスは使わない塗り壁の家)


呼吸する自然素材をつかう
無垢の木には白い塗り壁が似合います。
素材選びは健康にも環境にも配慮した本物にこだわり、ビニールクロスは一切使いません。
呼吸する素材、調湿や消臭効果の高い塗り壁で、健康で快適、気持ちの良い自然素材の家づくりです。


パッシブデザイン
■パッシブデザインの住まい
(ダブル断熱×自然エネルギー=省エネ快適)


夏は涼しく冬は暖か
高い省エネ性で光熱費を大きく抑え、しかもオシャレで快適、素敵な住まい。
最高レベルの断熱性と共に、陽射しや風などの自然のエネルギーを考慮し、夏は涼しく冬は暖かなパッシブデザインで設計する家。地球に優しく家族の笑顔のある暮らし。


工務店がつくる自然素材の家!その常識を越えた自然素材の家づくり

トピックス・新着情報 (一覧はこちら)見学会や家づくりセミナーなど様々なイベントのご案内、そして話題の最新情報などをお届けします。

news 新着情報 topics

 ● オープンハウス 絶賛!「こんな家に住みたかった!」
夏が好きになる! 冬が好きになる! そして雨の日も好きなる!家です。

 ● 木の家の補助金のことならお任せください!
地域型住宅ブランド化事業=100万円、ぐんまの木で家づくり支援事業=70万円など・・・

 ● 最高の快適性と省エネ性の床下蓄熱暖房!
現在これ以上の快適性と省エネ性を持つ暖房設備はない、自社オリジナル仕様の床下蓄熱コンクリート暖房・・・

 ● エアコンに頼らなくても暮らせる住まい!
真夏でもエアコンに頼らず、光熱費1万円以下の快適・省エネそして健康に暮らせる・・・

 ● 施工例 パッシブデザインの住まい!
無垢の木と塗り壁でつくる気持ちの良い空間、そして風と光の抜けるパッシブデザイン・・・


代表の松島です 

良心が痛む!そんな家づくりはしたくない!!!

代表松島

 山や木と共に育った少年時代

私が育ったところは群馬県みどり市東町沢入(そうり)
渡良瀬川上流にあたる山間(やまあい)の田舎です。

近くの山林を少々所有していたわが家では、林業の仕事をしていた父に連れられ、
幼い頃は山々を飛び回り、少し大きくなると林業の手伝いをしていた私でした。

そんな、野山で汗を流すことは大好きだった私は、
昔ながらの木の家で育ち、木や山と共に成長してきました。

 林業には必然的に!

そして、森林を育てたり、大きくなった木を伐ったりして、
林業の仕事をしていた父の背中を見ながら育った私は、
将来の仕事は、自然を相手に森や木を扱う仕事をしたいと思っていました。

私が育った家は戦後まもなく建てられた家で、
地場の木材を数年かけて集めて乾燥し、骨太の大黒柱に真壁の塗り壁、
隙間風の吹き込む昔ながらの木の家で、愛着深い住まいでした。

「山と森」そして「木の温もりと木の香り」
きっとそれが私の原風景として心に刻まれていたのでしょう。

高校を卒業した私は、ためらいもなく林業の職に就きました。


 日本の木が使われない時代の波

林業に就いてから6~7年、わが家のリフォーム工事が始まり、
父が大工さんに「材木は杉と桧を使ってくれ」と頼んだ。

ところが大工さんが私にそっと
「克幸君、今時そんなこと古くさいよなぁ...
外材の方が世話無く使えるのだけどなぁ...」

と、つぶやいたのでした。

日本の杉・桧に変わって、外国産の木材が既に家づくりの主役となっていた。

大工さんのそんな言葉に私は寂しさを感じずにはいられなかった。
そして徐々に林業への不安と失望が増す日々となってきました。

同時に、日本の木材が見放され始め、木材価格は
1980年頃をピークに下がり続ける一方となっていました。

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